カレンダーパーティー」スピンオフノベル〜宙に浮いたお願い〜
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ニキス=セイクリッド著
「ミラクレスト第3巻特別収録〜宙に浮いたお願い〜より」


プロローグ
これは私の友だちの、サンタさんのクリスマスの一日…。

彼女の名前はシワス。
16歳にして一流のサンタクロースとして活躍する女の子。

シワスの仕事時間は24日の深夜から25日の夜明けまで。
この時間内に、お願いされたプレゼントを配って回るのが彼女のお仕事。
故に明けた25日の日中はシワスにとってはいわば「非番」であり、
クリスマスムード一色の雰囲気をのんびり楽しめる時間だった。
…と同時にその日は心残りが残る日でもあった。
悪意のないお願い事は全てかなえるのが流儀だが、
願い事に願い主が書いておらず結果としてかなえることが出来ない、
いわゆる「宙に浮いたお願い」が残るからだった。

最終的には破棄してしまうのだが
「願いを破棄する」という行為はどうしても慣れることが出来ないでいた。
そこでこの「宙に浮いたお願い」を出来る限りかなえてあげよう…
そんな気持ちでシワスは、とある街を訪れた。

「宙に浮いたお願い」が指し示す街へ…。

本来の仕事が終わったのは25日午前5時。
その後睡眠と食事を取り、街へ着いたのは午前11時過ぎだった。
この街から来た「宙に浮いたお願い」は全部で5つ。
タイムリミットは25日が終わるまで。

シワスはまず1枚目のお願いカードを取り出した。
カードには「何か目立てるものがほしい」と書いてある。
こういう抽象的な願いはサンタクロース泣かせの願いなのだが、
それをかなえてこそ本物のサンタクロース、とシワスはやる気満々だった。
サンタクロースとしての能力で、
願い主に接近さえすればお願いカードが反応して願い主を特定できる。
とはいえ街は広く人も多い。接近するにも何か手がかりでもなければ特定は不可能に近い。
そこでシワスは人通りの多い商店街へと向かっていた。

商店街に到着したのは12時。
商店街では福引大会をやっているらしく人だかりが出来ていた。
…とそこでお願いカードが反応を示した。
反応した相手は福引を遠目で見ている一人の男性だった。
サンタクロースに願い事をするにはいささか年を取っているようにも見えたが、
カードの反応からこの人に間違いなかった。

シワスはお願いカードに念をこめてプレゼントに変えた。
変えたプレゼントは福引券。見た目は普通と変わらないが
超高確率で大当たりが出るという、シワス特製の福引券だ。
これで特等を引き当てて注目を浴びさせれば願いは達成できる、
というのがシワスの狙いだった。
シワスはさりげなく男性の手に福引券を乗せる。
男性は最初困惑気味だったが意を決したようにそれを握り締め、
福引所へ向かっていった。

男性は福引をする。シワスの狙い通り出てきたのは黄金の玉。特等だった。
当選の鐘が鳴り響き、周囲の注目は男性に集まっていた。
シワスも遠巻きにそれを眺め、お願い達成に満足していた。
「おめでとうございます!特等が出ました!!引き当てたのは…」
福引の係員がそこまで叫んだあと、男性のほうを向き数秒の沈黙が流れた。
男性と何かを話したようにも見えたがシワスには聞き取れなかった。
その後、係員は慌てるようにして付け足した。

「この男の人です!」

シワスは少し拍子抜けしながら
『変なの…。名前くらい言ってあげてもいいような気がするけど』
と考えたが、周囲は拍手喝采、男性も両手を挙げて喜んでいる。
とりあえずこれで1つ目の「宙に浮いたお願い」は達成したかな、
と思い、シワスはその場を後にした。

午後1時。そろそろ商店街を離れようかな…と思った時、
2枚目の「宙に浮いたお願い」カードが反応を示した。
カードの内容は「新作のRPGがほしい」というもの。
これは非常にわかりやすい。
ちょうど商店街ではある催し物か、大量のサンタがプレゼントを配っている。
もちろんシワスとは違う、一般人が扮したサンタクロースではあるが。

その人ごみの中に
「昨日、サンタさんにお願いして、靴下も準備しといたのに
ボクだけプレゼントが入ってなかったんだ!」
と叫んでいる男の子を見つけた。
カードの反応から見てもあの子に間違いなかった。
これはラッキーと思いながら、シワスは大量のサンタに紛れていった。
カードに念をこめてゲームに変え、男の子に近づいていく。
男の子にゲームを渡すと
「やったあ!サンタって本当にいたんだね!ありがとうサンタさん!」
と無邪気に喜んでいた。

シワスは
『喜んでくれて嬉しいな。でも来年からは
お願いにきちんとお名前を書いてね』
と伝えたかったが、とても男の子の耳に入っているようには思えなかった。
男の子を見ながら、その子の友だちであろう子たちの会話が耳に入った。
「えらい喜んでるな。学校でも前々から欲しい欲しい言ってたもんね」
「でもさ、どうすんだろ。あのRPGって最初に主人公に名前付けるじゃん」
「あ、そういえばそうだね。あいつには…」

会話はまだ続いているようだったが、
商店街のサンタのプレゼント配りが盛り上がってきてそれ以上聞き取れなかった。

『主人公に名前って…自分の名前を付ければいいんじゃないのかな?
別に心配するようなことなんて…』
シワスはそんな疑問も感じたが、
とりあえず2つめの「宙に浮いたお願い」も解決し、
さりげなくサンタの群れから外れていった。

シワスが次に取り出したカードには「クマのぬいぐるみが欲しい」と書いてあった。
これもわかりやすい部類の願いだが、商店街で反応はなく、願い主を探し回っていた。
カードの反応を見つけた時、時刻は午後3時を示していた。
反応を示した相手は小学生の女の子。
その子はとある学校の屋上から寂しそうに街を眺めていた。
ちょっとその子が気になったシワスは声をかけてみることにした。
本当は、サンタはさりげなくプレゼントを渡し、
必要以上に声はかけないのが暗黙のマナーではあるのだが…。
良くも悪くも、それはシワスの性分だった。
『どうしたの?こんなところに一人で?学校はもう冬休みじゃないのかな?』
「うん、でも今日は学校でクリスマスパーティーをやっているから…」
『そうなんだ。それなら一緒に楽しんでくればいいんじゃない?』
「楽しくないもん。みんな冷めてるし。楽しんでるように見えても
心の中ではサンタなんかいないって思ってるよ」
女の子の返答には明らかに元気が無かった。

『なるほどねぇ、キミはサンタさんは本当はどうだと思ってるの?』
「あたしは本当は信じていたいよ!…でも、
じゃあなんでお前のとこにはプレゼントが来なかったんだ!
って言われちゃって…。実際あたしのとこにはプレゼントは来なかったし。
やっぱり本当はいないのかなって…」
『そっか、じゃあサンタさんが本当にいるのか、疑っているんだね』
シワスの問いに、女の子は力なく首を縦にふった。
『よーし、じゃあこういうのはどう?』
シワスは女の子にお願いカードを見せると目の前でぬいぐるみに変えて見せた。
女の子は信じられないといった表情でそのぬいぐるみを受け取った。
『どう?サンタクロースって本当にいるんだよ。たとえばあたしがそうなんだ』
「嬉しい…信じていて良かった。でもだったらなんで昨日の夜に来てくれなかったの?」
『サンタさんもね。お願いした人がわからないとプレゼントが渡せないの。
だからね、来年お願いをする時はきちんと名前がわかるようにしてほしいな』
「名前…?」
『うん、お名前』
女の子は少し困った表情をしながら答えた。

「あたし…名前、ないんだ」

『え!?』
女の子の思わぬ返事にシワスは困惑した。
どういうことなのかを聞こうとしたところで、
屋上にその子の母親らしき女性が登って声をかけてきた。
それに気づいた女の子は
「ごめん、行かなくちゃ。でもサンタが本当にいるってわかって嬉しかった。
ありがとう本物のサンタさん!」
といいながら母親の元へ走っていった。

シワスはその親子を見送っていたが、母親が女の子の名前を呼ぶことは一度も無かった。

いくらか心に引っかかるものはあったものの
「宙に浮いたお願い」ここまでの解決ペースは上々だった。
残る「宙に浮いたお願い」は2つ。
このペースで一気に解決しようとさらに意気込んでいた。

しかしながら4枚目のカードの願いは「勇気をください」というもの。
これに関してはなかなか検討がつかず、
いろいろと街を回るものの手がかりが掴めないでいた。
まもなく午後5時になろうという時、
街頭テレビのある中心街で一休みしているとカードの反応が強くなった。
反応の相手はなにやらオドオドしている男性。
1件目の男性と同じくサンタに願い事をするにはいささか年を取っているように見えたが、
その様子から見るに「勇気が欲しい」とサンタにすがりたくなるのも
わからないではない気がした。
勇気といっても一体何を…と少々疑問に思いつつ男性に近づくシワス。 
必要以上に声はかけないという暗黙のルールはもはや
シワスの頭から消えているようだった。

『あの…すみません。勇気が欲しいってお願いしたのはあなたですか?』
シワスがそう聞くと男性はやはりオドオドした感じで
「そ、そうなんです。僕にはあの…こ、告白したい人がいるんですけど、
ど…どうしても勇気が出なくて…、だ、だからあんなお願いを…」

なるほど、とうなずくとシワスはカードに念をこめる。
次の瞬間カードは巨大な花束になっていた。
勇気を増幅する、シワス特製の花束だ。
『この花束を持っていけば勇気が沸きます。きっと告白も上手くいきますよ』
「あ、ありがとう!さ、早速行ってみるよ!」
花束で勇気が増幅されているとはいえ、
少しばかり不安が残る男性の表情。
不安になったシワスは男性に同行しようと後をついていこうとした。
いざとなったら自分が後押ししよう、そう考えていた。

しかしながらその思いは、突如表れた群集に阻まれる。
インタビューを求める者、サイン・握手を求める者、物珍しそうに写真を取る者…。
いくらサンタの格好をしているとはいえ、この日にサンタ姿というのは決して珍しくないし、
念を込めてカードをプレゼントに変える技は人には見えないように配慮してきた。
それなのに何故…?そう思いふと街頭テレビに目をやると、ニュース映像が流れていた。
「ニュースを繰り返します。銀行を占拠していた強盗が
サンタ姿の女の子のお手柄で逮捕されました」
映像で流れたそのサンタ少女の姿はシワスにそっくりだった。
いや、よくよく見ればちょっと似ている程度のレベルではあったが、
16歳前後の背格好、サンタ姿、紫色のズボンという共通項は
野次馬が追いかける要素としては十分だった。

どうやらこのニュースは繰り返し流れているらしく、
ここに集まった群衆はもうてっきりシワスが強盗を捕まえたと
勝手に勘違いしているようだった。

シワスは持ち前の身のこなしで群集の輪から抜け出す。
しかしながら追いかけてくる群集をかわすため、
男性の後をつけるのはあきらめる他なかった。
群集を振り切り、ほとぼりが冷めた6時半ごろ、
さりげなくシワスはさっきの中心街へと戻ってきた。
すると先ほどの男性がすすり泣きながら走ってきた。
『どうしたんですか?もしかして告白が上手くいかなかったとか?』
「そうなんですよー!思い切って告白したらもう先約があるとか言い出して…!」

男性は泣きながら続けた。
「どうしてもっと早く僕の願いをかなえに来てくれなかったんですかー!
その男とは今日知り合ったって言ってたから、昨日の深夜のうちに花束を用意してくれれば、
こんなことにはならなかったのにー!」

思いきり自分のせいにされていることに少々腹が立ったが、
シワスはそれを押し殺しながら言った。
『すみません。お名前がきちんと書いてあったら、昨日の夜にお届けできたのですが…』

「そんなこと言ったってー!
僕には名前が無いんだー!
書ける訳無いじゃないかー!」

男性の泣き声はより一掃大きくなり、泣き声というより叫び声に近くなった。
それに反応してシワスの姿に気づいたのか、先ほどの群集のごとくまた人が集まってきた。
今度はさっきよりも数が多い。
『ごめんなさい!行かなくちゃ!』
シワスは男性に一言言うと、一瞬の早業で姿を消した。

後味の良い結果ではなかったものの、
とりあえず「勇気が欲しい」という男性の願いはかなったわけで、
これで残る「宙に浮いたお願い」はあと一つとなった。

残るはあと一つ。しかしそのカードに書かれた願いは難解を極めていた。
「私は毎年サンタさんにお願いしているのですが、
かなった試しがありません。どうしてなのでしょう?
いい子にしていないからでしょうか?
私は精一杯いい子でいるつもりです。
それとも何か私に足りないものがあるのでしょうか?
サンタさん、教えてください、私に何か足りないものがあるのかを。
そして知っているのならそれを私にください。
それが私の今年の願い事です。今年こそ願いがかないますように…」

シワスは色々な可能性を探っていた。
依頼主が悪人だから?
…それならそもそもお願いカードが届くことすらないはず。
基本的に悪人の願いは答えないのがサンタクロースの暗黙のルールだからだ。

無茶な依頼ばかりしているから?
…この文章から察するにそんなに大それたお願いはしていないだろう、
シワスのサンタとしてのカンがそう感じさせた。

毎年名前を書いてないから?
…今考えられる要因としてはこれが一番合いそうに思えた。
『もう!大抵のお願いなら名前を書いて出してくれればかなえてあげられるのに!
名前を書かないから毎年願いがかなわずじまいなのよ!
ちゃんと名前を書いて出しなさい!って送り返してあげようかな!』
シワスは少し怒り気味に独り言をつぶやいていた。

『そもそも何で「宙に浮いたお願い」って無くならないのかな?
大事なお願いなんだから名前を忘れずに!
言わなくてもわかって欲しいよね!』
シワスは怒りながら、今日の出来事を振り返る。
…ふとその時、何かに気がついたかのように立ち止まった。
『名前を…忘れずに…?』
シワスは今日出会った「宙に浮いたお願い」を書いた人たちを思い出していた。


「おめでとうございます!特等が出ました!!引き当てたのは…この男の人です!」


「でもさ、どうすんだろ。あのRPGって最初に主人公に名前付けるじゃん」
「あ、そういえばそうだね。あいつには…」


「あたし…名前、ないんだ」


「そんなこと言ったってー!僕には名前が無いんだー!書ける訳無いじゃないかー!」
シワスははっとした。そしてある結論にたどり着いた。
『あたしはとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
宙に浮いたお願いを書いた人たちは、名前を書くのを忘れてる人だと思ってた。
でも…今日あった人たちは名前を書き忘れてるんじゃない。
書きたくても書けない、書くべき名前が無い人たちなんだ。ってことは…!』
そしてシワスはもう一つ気が付く。

『やっとわかったよ。最後にあげるべきプレゼントが』
シワスのやる気は最高潮に達した。
街中を探し回るがカードの反応が見つからない。
時刻は既に12時の10分前。まもなくクリスマスが終わろうとしていた。
どうしよう…シワスは焦っていた。

せっかく依頼主に渡すべきプレゼントが見つかったのに
このままでは渡すことが出来ない。
そして渡せなければ依頼主は失意のまま一年を過ごすことになるだろう。
いや一年とは限らない。
来年の願い事がシワスのように
「宙に浮いたお願い」をも解決するサンタに届くとは限らない。
下手すれば願いがかなうチャンスはこれが最後かも…。
それだけに何としても今年この願いはかなえてあげたかったのだが…。
探し疲れたシワスは、ある洋館の屋根に腰を下ろしていた。

『いつもはお願いをかなえる立場だけど…今回ばかりはこちらがお願いしたいな。
このお願いを書いた人出てきてよ!って。
やっとあなたに必要なものがわかったから…さ』
そうつぶやいた直後、突如カードが反応を示した。
驚いたシワスが振り向くと背中には一人の人が立っていた。
年はシワスよりやや年下に見えたが、
服装や顔立ちからは男の子か、女の子か判断が出来なかった。

「うれしいよ、やっと願いをかなえてくれるサンタさんにめぐり合えて」
男の子とも女の子ともとれる声でその子は静かに言った。
シワスはしばらく間をおき、それからにっこり笑いながら
『こちらこそ』
と答え、カードをプレゼントに変えた。

カードが変わった物は…「名ふだ」だった。
シワスはそこに何かを書き、その子に手渡した。
『つけるつけないは自由だけど…これがキミのお名前。
これからはこれを書いてお願いを出してね』
その子は名ふだにかかれた名前を見ると、早速胸に付けていた。

「ありがとう。いい名前だね」
『フフフ、そうでしょ。だってその名前は…』
そこまで言った時、時計の針が12時を指す。
時計の針の音の影響からか、急に恥ずかしさがこみ上げてきたシワスは
その次の言葉をいうことが出来なくなった。
慌ててシワスは変わりにお別れの言葉を切り出す。

『ほ、本当はもっとゆっくり話がしたいんだけど、ほ、ほら
あたしもサンタの仕事の報告とかあるから…そろそろいかないと』
「そうなんだ。でも嬉しいよ。だって
この名前さえあればまたきっと、すぐに会えそうな気がするから」

その子は最後に一言付け足した。
「来年はちゃんとお願いするよ。きちんと名前を書いて、ね」
そこまで言うとその子は屋根から飛び立った。
普通の子どもとは思えない身のこなしで屋根から屋根へ飛び移っていった。

それを見送ったあとシワスも洋館の屋根を離れた。
「宙に浮いたお願い」を全てかなえ、街を後にするシワス。
遠くに見えるその街を振り返りながらシワスは笑っていた。
その笑みは「宙に浮いたお願い」を全て解決できた満足感から来ているのか、
それとも「名前を付けたあの子」と再び会える日を想像している期待感からなのか…。

エピローグ
後に私はシワスに聞いた事がある。
「その子にどんな名前を付けたの?」
と。シワスは笑って答えようとしなかった。

私はもう一つ「どうして付けたい名前がすぐに出てきたの?」と聞いた。
シワスは真っ赤になって照れながら、さらに答えようとしなくなった。
『ご想像におまかせします』
ということなのだ。
一つ謎は残ったけれど、とりあえずこのお話はおしまい。
あなたの身近で
「願いをかなえてもらえない!」
とお嘆きの人がいたら少し思い出してみてください。
この「宙に浮いたお願い」のお話を。

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